2011から2012へ いつの日か長い歴史の中を振り返ったとき、2011年という年、世界にとって、日本にとって、自分にとって、とても重要で大きなものが動いた年だったように思います。 何かが動くときは正負どちらにしろどちらかに大きく振られます。それが大きければ大きいほど逆のほうに大きく振られ動きます。 何事もなく平坦なのが一番いいのかもしれませんが、そこからは大きな飛躍は望めません。 とにかく昨年は色々とありましたね。 やはり自然の力にはもがき体力をなくすよりか身を任せた方が良いようです。 チャップリンがこんなこと言ってましたね。 「コメディーの創作においては逆説的だが悲劇が滑稽感をかきたてる 滑稽さとは恐らく脅威に対する反作用だ だが自然の力の前では我々の無力さを笑い飛ばすか あるいはいっそ狂うべきだ」 自然が起こす呼吸、自然災害もそうなのですが、この言葉は自分にはそれぞれの人に置かれた環境や、どうしても変えられない運命的なこと、そんなものに果敢に挑んでいるとき、自分の未熟さゆえそういったものに耐え切れず倒れてしまいそうな時、そんなときに芸術が生まれ、そして少し支えてくれるんだよ。と聞こえました。 全然違う解釈ですね?いやいいんですよ。 今の自分にはそう聞こえたからそれでいいんです。 常に自然環境の驚異にさらされているアフリカの人達などが、どうあがいてもどうにもならん事に気づいていて、その為に歌をうたい、踊りを踊っているように感じます。 運命に逆らいもがき力尽きて沈むより自然の流れ、天命に身を任せる。 何よりも勇気がいることだと思います。 その中で芸術の力をかりて少しだけ楽にする。自分にはとても大事な事だと気づきました。 とにかく、まず真っ先に、自然を敬服し、参ったって言っちゃう。 でもそれは怠けとは全く違います。 うちの装置もあれこれ自然の力に苦戦しておりますが、人間の力で全てコントロールしたいところですが、まず「自然様参りました。もしよければちょっと遊ばしてください」ってところから始めるのが大事な気がします。 なんだかよくわかりませんがそんな気持ちになってきました。 来年の今頃にはどんな気持ちになっているでしょうか?